〔2021/06/07〕第8回 自我(自己意識)論③ 「7歳と13歳の危機と自我」
〔2021/06/07〕第8回 自我(自己意識)論③ 「7歳と13歳の危機と自我」
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なお内容的には、
①新たに発見した事実〔一つで結構です〕とその考え方、
②それについての従来の自分の考え、
③自分にとっての「新しさ」の理由、
を含んでいるのが望ましい。
また、講義メモを読んで、質問したいことを書いてください。
《前回の授業コメントより》
*遊びと自我
私が今回新たに学んだことは、遊びと自我の芽生えは深く関わりがあるということです。自我の芽生えがあってごっこ遊びなどの自分が他者になりきって遊ぶことができ、あるモノを他のモノに見立てるのではなく、見立てる対象が人物に変わることが自我が芽生えているか、そうでないかの大きな違いの一つなのかなと感じました。また、「遊び」を忠実に守り、現実では難しい状況も遊びの中であるからという理由で我慢などができるというのも、とても面白いことだなと思いました。私は今までごっこ遊びで葛藤を感じているなどとはあまり考えたことがなかったのですが、ごっこ遊びをする中でも子どもは「遊びの中の自分」と「現実世界での自分」で葛藤しており、このことから、ごっこ遊びができるということは、自分の感情と意志をだんだんコントロールできるようになってきているのかなと考えました。子どもにとっての遊びは発達する上でとても重要なことなのだと分かりました。
*遊びと種々のパラドックス
①今回の授業で新たに発見した事実は、ごっこ遊びで他者を演じられるほどに自我は形成されたが、その自我はまだ意識されていないということです。また、ヴィゴツキーは遊びのなかに、モノと語、行為と語、感情と意志などのあいだにおけるパラドックスを発見し、その動態をつかみ出しました。自我の芽生えと形成は、これらと関連しあって進展していきますが、発達全体の主軸にはなっていないということも知りました。
②今までは、自我が形成されて意識することによって、自分と他者とが違うということを認識して理解し、ごっこ遊びなどができるようになるのだと考えていました。また、自我の芽生えや形成は、ごっこ遊びなどが生まれるためには必要で、発達の中心となると思っていました。
③しかし、ごっこ遊びができるようになったときにはまだその自我は意識されていないということや、自我の芽生えと形成は発達全体の主軸にはなっていないということを知り、理解しました。これが私にとっての「新しさ」の理由です。
*3歳の危機と「反抗」
① 3歳の危機において、子どもが反抗的になったり頑固になったりする背景にはネガティヴな感情だけでなくポジティブな感情が隠されており、それが反抗期の本質的特徴だということが新しい発見だ。
② 今までは反抗期が起こる原因は子どもの中に自我が芽生えたことであり、思っていることを上手く伝えられないため大人に反抗的な態度を取ると思っていた。
③ 新しい発見だと思った理由は、「本当はしたいことなのに、大人にそうしたらどうかと言われたので、しない」これが3歳の危機における本質的特徴だという文章を見て、はっとさせられたからだ。ヴィゴツキーの『人格理論』にあるように、子どもの行動の由来が者から人へ移行するということを知り、3歳の危機と言われる子どもの反抗的態度への理解が深まった。
*幼年期の遊びにおける言葉と行為
行為と言葉の関係性について、3歳と5歳の子どもの実験で大きく異なることがわかった。5歳児は、行為と言葉が噛み合ってないと思うと、遊びを中断し待機した。このことから、おかしいと思ったら、自分の思う行為の論理にきわめて忠実に行為することが分かる。これが私にとって新しく発見した事実である。
講義メモの中でも記述してあるが、子どもは思いのまま行為しているように私も感じていた。論理に忠実になるのではなく、大人から言われた言葉を全て忠実に受け止め行為していると考えていた。また、子ども自身が思うがままに楽しみを望み行為していると考えていた。
しかし、今回子どもは行為の論理に極めて忠実に行為することがわかった。この事から、大人は論理を考えずに、子どもに適当に話してしまうことで子どもの成長を防いでしまうのではないかと、自分の中で考えることが出来たことが、私の新しさとなった。
*混淆、融即、同一化について
①今回の講義で私が新たに発見した事実は、幼児の自我の区別は「混淆」「融即」「同一化」という3つの状態を経て変化していくという事です。特に、「同一化」は、自身の幼少期や保育実習なら行った際に聞いた、子ども特有の表現が「同一化」というアニミズムに繋がっていたことを知れてとても興味深かったです。
②これまで上記したような幼児の「同一化」の言葉は、子供たち特有な比喩表現の様なものであり、大人がそのよえにに話す事を真似ているだけで、実際にそう考えているとは思っていませんでした。
③よって、幼児の自我は単純に表れるのではなく、「混淆」「融即」「同一化」という3つの状態を経て変化していくとう、段階的な発達という観点が非常に新しく感じられました。
*質問
「反抗期」が来る子と来ない子とが居るが、これは発達の遅れや自我を芽生えさす事に支障が出たりするのでしょうか。
〔多くの場合、長い目で見ると、バランスがとれているのではないでしょうか。ある時期の「反抗」が少ないとしても、後の時期には多いなど。また、13歳の危機のような場合には、心の中では「憎しみ」があっても敢えて外に出さないという場合もあり、そのときには「反抗」ないように見えますが、実際はそうではありません。〕
反抗や頑固さのようなネガティブな現象の背後にあるポジティヴなものがない場合はどのような対応、理解をすれば良いのでしょうか。
〔より深く理解することが必要です。ポジティヴなものに気がつかない場合もあります。また、発達障害による反抗のような場合もあります。ポジティヴなものがすぐに判らないときには、さらに深く理解に努めて、そこから判断すべきでしょう。〕
他者を否定する時期の反抗期はどのように対応していけばいいのか。
〔3歳の時期の「反抗」は、それを受け入れること、その上で、子どもに選択させることが意味があるかもしれません。自分で靴をはく、といって履かせてもらった靴を脱いで放り投げるようなときには、その靴をもってきて、自分で履いたらいいよ、違う靴がいいならそれでもよいよ、というようにすることでしょう。〕
小学生の頃など、やろうと思っていたことを先に親に「〇〇しなさい」と言われると途端にやる気が無くなるという経験を多くの人がしたことがあると思うのですが、これも自我の一種なのでしょうか?―という質問をしたのですが、今回の3歳頃の反抗はこの様なケース、自我のはじまりであり、成長過程というような認識で正しいのでしょうか?
〔「◯◯しなさい〕と言われるとやる気がなくなる、というのは、ある意味では子どもによる高度な対応です。あまり乗り気がしないことを大人が言ったことをきっかけに拒絶する、つまり、拒絶の口実にしているだけかもしれません。これは「本当はしたいことなのに」とはちょっと違います。つまり、「◯◯しなさい」と言われるとやる気がなくなる、というのは3歳児の典型的な反応ではないように思われます。もう少し上の子どもの(小学生の)反応でしょう。〕
《講義メモ》
第8回 7歳と13歳の危機と自我
はじめに
過去2回の講義では、まず、生後9か月頃に成立する「3項関係」、1歳前後に発生する「指差し」を考察することから始めた。チンパンジーにおいて成立するのは「2項関係」(自己―モノの関係、あるいは、自己―他者の関係)であるが、人間の子どもの場合には、きわめて早期に「3項関係」(自己―モノ―他者の関係)が成立すること、そして、その3項関係の現れとして、乳児の「大人を介した行為」(大人を「使って」モノを取る、食べる、等々の生活的行為)、さらに、ことばの先駆けであり発生的な文化的発達の典型でもある「指差し」が登場している。
さらに、2歳代には、自他の区別とその曖昧化にもとづく「融即(ゆうそく)」、「状況拘束性」が顕著となり、それらは、3歳の危機、幼年期の遊びによって、克服されていく。
※2〜3歳にかけて、自他の関係と自己―状況の関係を図であらわしたものが、次のような浜田寿美男による図式(ワロン『身体・自我・社会』浜田寿美男訳編、ミネルヴァ書房、1983年、)と、神谷が加筆した図式である。
3歳の危機の時期に典型的な「反抗」は、「本当はしたいことであっても、大人がそうしたら、と言ったので、それをしない」という現れ方をし、そこでは、子どもの行為の動機は、「状況拘束性」において顕わであるモノへの動機から、上記の「反抗」に顕わである人への動機へと、つまり、「モノから人へ」と移動する。これがある意味では、ごっこ遊びを生じさせている。
だが、ごっこ遊びはいわゆる「自我の芽生え」に照応した自他の関係を発達させるだけではない。ヴィゴツキーのことばを借りれば、「遊びは、凝縮した形で、虫めがねの焦点のように、発達のすべての傾向を含んでいる」(ヴィゴツキー「子どもの心理発達における遊びとその役割」『「人格発達」の理論』土井・神谷監訳、三学出版、2012年、p.166, с.220)。それをやや理論的に考えると、3項関係や指示的身ぶり(指差し)から導き出される、自己―他者の関係、自己―モノの関係、自然的なものと文化・歴史的なものとの関係のそれぞれが発達するし、それをより具体的に考えれば、ことばとモノ、ことばと行為、感情と意志などがひっくり返るほどの大変動をとげ、想像力を発生させて、次の発達の段階を切り拓いていくのである。
こうして、7歳の危機と学齢期を迎えるのである。
I 7歳の危機
【幼年期の遊びは内言などに移行する】
ヴィゴツキーのことばに、「学齢期になると、遊びは内的過程に、内言、論理的記憶、抽象的思考に移行する」というのがある(「子どもの心理発達における遊びとその役割」『「人格発達」の理論』土井・神谷監訳、三学出版、2012年、p.158,с.214-5)。内言、論理的記憶、抽象的思考が7〜8歳頃から目立つようになるというだけでなく、ヴィゴツキーがここで強調しているのは、幼年期の遊びがそれらを切り拓いている、ということである。それを考察するための材料を示しておこう。
・自己中心的言語(ピアジェ)の減少=内言への成長(ヴィゴツキー)
まず、ことばの面からの考察であるが、ヴィゴツキーはピアジェが示した3歳から7歳にかけた自己中心的言語(反響語、独り言、集団的独り言)の減少傾向(ほぼ半減)を深く考察した。
なぜ自己中心的言語は減少するのか。ピアジェは、この独り言のほぼ半減を、子ども(の思考)の社会性の増大によって説明しようとした。社会性の増大が自己中心性を減少させる、それがことばの面に現れたのが自己中心的言語の減少である、と。それに対して、ヴィゴツキーは、いくつかの批判実験を実施して、ピアジェとは異なる・新しい観点を提起した。すなわち、自己中心的言語は「自己に向けられたことば」であり、機能的には「思考のためのことば」であり、内言と同じような機能を持っている、と。
ここから、ヴィゴツキーは、自己中心的言語の半減という事実の核心を、社会性の増大というよりは、ことばというものの内言(聞こえない・自己のための言語)への成長を表したもの、と考えたのであった。とくに、6歳後半に自己中心的言語は大きく減少する。この時期に内言への成長が活発になると考えてよいであろう。
・ヴィゴツキーの遊び分析:語の先導的役割。これが内部に入り込む。
前回に述べたが、幼年期の遊びのなかで起こることは、①語がモノから分離・解放され、語とモノとの関係が逆転して、子どもの意識のなかで語がモノを先導するようになること、②同じく、語と行為の関係も逆転して、語が行為を先導するようになること(この①②によって想像の場面を創り出し、そこでの想像にもとづく役を演じたり行動したりすることができるようになる)、③そのなかで、3歳の危機を経て、動機がモノから人に移動することによって、他者を演じることを好むような、あたらしい自他の関係が生まれてくること、である。
このように言語の役割が強められ、内言が成長するようになるのである。
【7歳頃の自他の関係】
・内面が外に現れる際の直接的な素朴さの喪失
幼年期の子どもを見ていると、子どもが感じていることや考えていることが、そのまま顔に出る。つまり、彼の内面と外面はまだ分離しておらず、内面が直接的に外面に映し出される。したがって、子どもの喜びとか悲しみなどの内側の状況がみごとに「見える」のである。これが7歳の危機の1つの特徴である。
・他者に対して「よそおう」
このことは、3歳の危機における反抗的行為と対照的である。3歳の危機のときは、他者を否定する形で自己を主張するのであるが、その逆に、7歳の危機においては、自己を否定する形で他者に対して「よそおう」ことをする。
【自我の発達―即自的、対他的、対自的】
こうして、自我の発達は、即自的、対他的、対自的の3つの段階を通過することになる。それをまとめると次のようになる。
・3歳の危機は、自己の内面の認識には進まないが、自己主張(「ボクが」「ジブンで」)が他者(とくに親)の否定の形でなされる。
・7歳の危機は、自己の内面があることは認識するが、その内面のなかには入り込まず、内面と対立的な外面(たとえば真面目な内面と対立的な、ひょうきんな外面)を他者に対して示す。
・13歳の危機は、自分の内面に入り込むとともに、自分の意識のなかで自己と他者とが二分化される。また、自己意識の形成にあたって、その中心に概念的思考をおくようになる。
II 13歳の危機と少年・少女期―ヴィゴツキーの場合
【全体としての発達過程と自己意識の位置】
ヴィゴツキーは13歳の危機において、自己意識を本格的に発達論のなかに位置づけようとしていた。もともと、最初期の論文においても自己意識と他者認識との関係に言及されている〔たとえば、論文「行動心理学の問題としての意識」(1925年)では、人間によって作り出された刺激への反射、つまり、語・ことばへの反射について論じながら、「ここに、他者の『自我』についての問題・他者の心理の認識についての問題・の根源がある。自己の認識のメカニズム(自己意識)と他者の認識のメカニズムは、同一である」(1925 / 1982, с.95-6)と述べられている〕。だが、より本格的には『少年・少女の児童学』(1931年)において、ヴィゴツキーはより実証的、多面的に少年・少女期の心理研究をおこなっている。
ただし、その後の「移行的年齢期のネガティヴな相」(1933年)のなかで、ヴィゴツキーはそれまで十分に解明してこなかった危機的年齢期(この場合は13歳の危機)を発達論のなかに取り入れ、さらには13歳の危機の新形成物として分裂機能を位置づけた。言いかえれば、少年・少女期を切り拓く、いわゆる「13歳の危機」を詳細に考察したのである。それは完成したものではなかったが、そうした考察の要点を次に示しておこう。
【13歳の危機と少年・少女期との区別】
①まずヴィゴツキーは「13歳の危機」に関する諸命題を暫定的な仮説として提起していることである。その理由として挙げられているのは、まだ十分に自分自身の観点を仕上げていないことともに、より本質的には、移行期〔13歳の危機と17歳の危機とのあいだの時期〕と13歳の危機とをめぐる理論の直近の動向・展開、つまり、両者を区別しようとする傾向の故であった。
「少年・少女の分裂的性質схизотимный характер、つまり、分裂病〔統合失調症〕的気質схизоидный темпераментと少年・少女の気質とのあいだの類似性、等々」が絶えず指摘されているが、「こうした言説は文献のなかで広範に普及し移行期の理論の基礎に置かれてきつつも、それが近年では、この主張の効力はネガティヴな相〔13歳の危機〕の範囲内だけに限定される」という傾向が産まれつつあった(1933/2001, с.242, // 2012, p.121)。そのこともあって、ヴィゴツキーは自己の言説をまだ仮説であると慎重な態度をとったのであった。
②ヴィゴツキーは、移行期とそのネガティヴな相とを明瞭に区別するという観点から、この時期の問題を取り扱おうとした(1932〜1934年)。
子ども・人間の発達を捉えるとき、ヴィゴツキーが強調するのは、それは量的な増大の過程ではなく質的な変化を含んだ過程であることだ。具体的には、一方では、新生児、1歳、3歳、7歳、13歳、17歳の危機という6つの、子どもが不安的で激変する時期、他方では、それらに挟まれた時期——乳児期、幼児前期、就学前期、学齢期、少年・少女期は相対的に安定した時期と考えた。
危機の時期であれ、相対的安定期であれ、それらは同じく「年齢期возраст」と呼ばれ、それらの区分の基準はその時期に初めて姿をあらわす心理学的な「新形成物новообразование」にあった。もっとも、危機の時期の新形成物と相対的安定期のそれとは性質が異なり、前者の新形成物はそのままの形では次の相対的安定期に引き継がれず、大幅に形を変えるか、潜在するか、である(成層的な形成に近い)。相対的安定期の新形成物は次の安定期に引き継がれていくが、他の諸形成物との関係でその位置は変化していく(心理システムの考え方に類似している)。前者の新形成物の具体的な姿については、⑤を参照。
【13歳の危機と少年・少女期のそれぞれの「新形成物」】
③ここでの問題の焦点は、13歳の危機と移行期とのそれぞれにおける新形成物とは何か、ということであった。ヴィゴツキーはこの問いに完全には答えてはいないが、その解明のための手がかりは与えている。
上述のように、「少年・少女の分裂的性質схизотимный характер、つまり、分裂病〔統合失調症〕的気質схизоидный темпераментと少年・少女の気質とのあいだの類似性」(1933/2001, с.242, // 2012, p.121)が手がかりへの示唆であるが、精神における分裂という明らかに精神病理学の概念をそのまま使用するわけにはいかなかった。ヴィゴツキーは、ヘルバルトの心理学のなかに「分裂」の一般心理学的概念がある、と考えた。つまり、ヴィゴツキーはヘルバルトのなかに、「心理生活が説明され理解されるためには、全体としての意識の前に、2つの基本的機能——すなわち、融合の機能と分裂の機能——がなければならない」(1933 / 2001, с.243, // 2012, p.122)という考えを読み取った。さらに、その後の精神病理学の諸概念、たとえば、フロイトの「圧縮сгущение」「抑圧вытеснение」「転移перенесение」「隔離(分離)отщепление」のような用語の出自はヘルバルトにあること(1933 / 2001, с.244, // 2012, p.123)
〔ヴィゴツキーはより詳しく次のように述べている——「フロイトは、分裂に関するヘルバルトの学説を「隔離(分離)отщепление」の名のもとに復活させて、観念のあるグループをコンプレックスと呼んだ。このグループは、一定の感情と結びついているが、意識の一般的な塊りから隔離され、それ故に、無意識となり、意識と生命のある身体との他のシステムと——異種の身体のように——交わらないのである」(1933 / 2001, с.244, // 2012, p.123)。〕
ところで、ヴィゴツキーが精神病理学そのものについてと、その少年・少女期、13歳の危機との関連づけについて重きをおくのはクレッチマーの学派と学説であったが、そこでは、次のような考えが紹介されている。——「分裂はノーマルに組織された意識の機能であり、分裂は随意的注意にあたっても同様に不可欠である。その場合、あるものに注意を払うときには、他の残りのものは注意の埒外におかれるのである。これと同じように、分裂は抽象化や概念形成にあたって不可欠であり、また同様に、精神病において観察されるような、精神生活の分裂にあたっても現れている」(1933 / 2001, с.245, // 2012, p.125)。重要なことは、「分裂」の概念が、定型的な(ノーマルな)発達(たとえば随意的注意、抽象化、概念形成)においても、精神病理学的な現象においても不可欠であること、つまり、これらと関連づけて捉えられている、ことであろう。
このような「分裂」概念と深くかかわってくるが、精神病理学的な「隔離(または分裂)」概念もかなり変化してきたようである。ヴィゴツキーがまとめるところによれば、そこでは分裂の存在というよりは、分裂の不十分さが語られるようになった。それは、通常は完全に分離されているものを融合させてしまうことによく現れており、たとえば、「個々の子ども時代の思い出と彼が本で読んだこと」とが結びつけられてしまう、という病理的な現象が見られることがある(1933 / 2001, с.246, // 2012, p.125-126)。それなどは、不十分な分裂にもとづいた融合と言うべきであろう。
【13歳の危機における「分裂」と少年・少女期における「分裂」】
④少年・少女期のネガティヴな相、つまり、13歳の危機の新形成物を、ヴィゴツキーはブロイラーの用語によって「意識における分裂機能の成熟」であると特徴づけている(1933 / 2001, с.253, // 2012, p.134)。
ここでの問題は、13歳の危機における「分裂機能」と少年・少女期という相対的安定期における「分裂機能」との相違をどのように捉えるかであろう。ヴィゴツキーは再びブロイラーに依拠しながら、前者においては、分裂機能に限らずこの時期のネガティヴなモメントは、「移住状態にあり・まだ放浪していて・定住せず・人格に層をなすあれこれの性格特徴や特質や独自性に転化していないような、......分化・分界・個々の心的体験のグループの独特な孤立化」(1933 / 2001, с.250-251 // 2012, p.131)をあらわす、と考えた。短く言えば、この成熟しつつある分裂機能は、「新しい統一体にまだ引き入れられていない心的諸体験、一連の分化した・相対的に相互に隔離された・相互に区別された......心的諸体験」なのである(1933 / 2001, с.248 // 2012, p.128)。
この13歳の危機におけるネガティヴなモメントの規定を敷衍すれば、少年・少女期という相対的安定期における分裂機能を理解することができる。こちらの分裂機能は新しい統一体にすでに引き入れられ然るべき位置を占めた機能である。それは、ヴィゴツキーが言うように、「将来の・形を整えた・分化し・統合された・人格構造」(1933 / 2001, с.253 // 2012, p.134)のなかに入り込んだ分裂機能(より正確には分裂機能と融合機能)ということになるであろう。それ故に、この機能は随意的注意が成立するために、また、抽象化と概念形成のためにも不可欠な機能なのであり(ここまでは分裂と融合を「区別と関連」とより論理的に特徴づけるのが好ましい)、ここから先はヴィゴツキーは明示的ではないが、人格構造を構成するのに欠かせない「自我」「第2の自我」(内的な第2の声)「その出自としての他者」が分裂と融合のなかに理解されることになるであろう。ここでは分裂と融合は新しい統一体のなかで自己が意識化されることによって、それらはより自由に活躍するのである。
【発生的な諸連関】
⑤13歳の危機と少年・少女期のそれぞれの新形成物は複雑な形ではあるが、それでも発生的連関を構成している。これは、この時期だけの孤立的な現象ではなく、誕生から始まる人間の発達のすべてにおいて、同様な発生的連関が見られる。ヴィゴツキーはそれらを指摘することによって、いま考察している危機とその次の相対的安定期との関係を確固たるものにしようとしている。たとえば、次のように書かれている。
「移行期のネガティヴな相〔13歳の危機〕において扱われている分裂や危機は人格構造の不可欠の前提である、という観念は、どのように発生したのか。それ〔この危機〕は、自律言語の恒常的言語・真の言語への関係、3歳児の意志薄弱反応гипобулическая реакцияの、ルールにもとづく遊びのなかで発生する・現実的意志的行為への関係、と同じような移行期の新形成物への関係のなかにある。3歳児は拒絶するが5歳児はルールに沿って行為する〔遊びのなかでは〕という事実、1歳児は自律言語で話すが5歳児は文法的・統語論的構造を用いるという事実——これらの事実は相互に発生的連関のなかにある。ネガティヴな相〔13歳の危機〕の時期における分裂、少年・少女の人格における発達の進行の分裂質的特色も、そのような連関のなかにある。人格の分裂がなければ将来の人格構造も発生しえないであろう(1933 / 2001, с.252-253 // 2012, p.133-134)」〔「自律言語」は1歳代の子どもに典型的に見られる、通常の意味範囲を遥かに超えていく意味の変動や語形の変動を示している。「意志薄弱反応」は3歳児に典型的に見られるもので、「本当はしたいことなのに、大人からそれをしなさいと言われたのでしない」というような、感情によって意志が弱められる現象を示している〕。
ヴィゴツキーのこの文献の範囲内では、これらの錯綜した問題のすっきりした整理がまだついていないように思われる。問題をより深めつつ整理するためには、同時期に執筆された彼の児童学および精神病理学関連の文献をこまめに探索することが必要であろう。
III 「第2の自我」―ワロンの場合
ワロンによる自我および自他の関係の発達理論については、多少述べておいたが、子どもの誕生から3歳くらいの自己主張の時期、思春期・青年期における自他の明確な区別とそのもとでの自我形成、いわば全体としてみれば、誕生から「第2の自我」の形成に至る発達について述べている点を、取り上げておこう。(Wallon, H., 1946 / 1959, pp. 283〜 //1983, pp.64〜)
【①最初の意識状態 と自他の形成】
原初的な意識は、宇宙に発生する星雲に擬えることができる。外発的、内発的なさまざまの感覚運動的活動が、はっきりとした境界なしにばくぜんと拡散している。
やがて核(=自我)、その衛星としての「下位自我le sous-moi」ができる。この下位自我は他者を出自としている〔自分の名前を呼ばれて振り向くという動作で応答するとき、自我の最初の核が認められるであろう〕。この自我と他者のあいだでの心的素材の配分は必ずしも一定ではない(個人によって、年齢によって)。精神生活上で何らかの選択を迫られたときの変動。自他の境界が消え去ることもある。〔脚註。ワロンは自我が誕生してから他者が現れてくるのか、他者が現れるから自我が誕生するのか、という発想はとらずに、「意識による・自我の生成と他者の生成とは、並行して行われる」(Wallon, H., 1956/1963, p.90 //1983, p.31)と考えた。〕
【②反抗的な危機】
そのような自己と他者の「せめぎ合い」によって、子どものなかに「反抗的な危機」が生まれる。3歳の危機における反抗の特徴は「反抗のための反抗」であり、それまでは自分が好き勝手に行動できていたのに、ある権威、目上の人がこの独立性を奪い取ったと感じて、その権威と闘っている。〔参照。ヴィゴツキーの3歳の危機における「反抗」の捉え方:本当はやりたいことなのに、大人がそれをしてみたらといったので、それをしない〕。
この「せめぎ合い」は子どもの内面で起こっているのだが、現実の外的平面における自己と他者の「せめぎ合い」だという解釈もある。だが、現実の人と人との関係は、子どものなかでの「他者の幻想」(他者像)に媒介されている。この幻想の強度は様々に変動し、人と人との関係を規定している。この幻想の強度の変動そのものには様々な要因があり、それには、(内的要因としては)「自律神経系統の緊張度」「精神運動の活発さ」なども含まれている。
【③第2の自我〔第2の主体〕と社会的自己】
やがて、周囲の人々は私(主体)が自己を表現し、自己を実現していくきっかけ・動機となる存在となり、また私(主体)は周囲の人々に生命を与え自分の外に永続的に存在するものとしうる。これは、自我と、その不可分の補完者である他者との、明確な区別が打ち立てられたからである。この自他の区別は習慣的な区別を写し取ったものではなく、私(主体)のもっと深い内面で行われる「二項分類」の結果なのである。この場合の二項分類とは、その二項が対立するが故に相互に前提としているものであり、「自己との同一性」(いわゆる自己の主体性)を1つの項とすれば、他の項は同一性(主体性)を保持するために排除すべきものの縮約、言いかえれば内的な他者の縮約である。
こうした他の項としての「内的な他者の縮約」は、文脈によって、社会的自己socius、主体(私)にたいする副主体l’alter (sujet)、自我l’Egoにたいする第2の自我l’Alter、内なる他者l’autre intimeと呼ばれている。これらはすべて、意識の初期に登場した自我le moiに対する下位自我le sous-moiが形を整えてきたものであり、社会的自己socius、主体(私)にたいする副主体、第2の自我、内なる他者は、他者を出自としながらも、自我〔自己、主体〕に従属したもの、あるいは、自我(自己、主体)の内部にあるもの、と解釈されているようである。
※ワロンにおける第2の自我の図式〔浜田寿美男〕
以上を振り返ってみると、ワロンの言う、副主体・第2の自我・内なる他者は、「他者の縮約」という他者に出自をもちながらも自己の内にあるものであろう。ワロンは精神病理学的研究や子どもの発達研究にもとづいてこれらを明らかにした(1946年)。
なお、ワロンの用いる二項分割bipartition(1946 / 1959, p. 284 //1983, p.66)は細胞分裂bipartition cellulaireの分裂にも使われる語であるので、その語はヴィゴツキーの述べる分裂расщеплениеの語と響きあっている。
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